本記事は、映画「ボーはおそれている」のネタバレを含んだ、感想と考察記事です。
鑑賞したことが無い方は、注意して読み進めてください。
「ボーはおそれている」
2023年、アリ・アスター監督によって制作された作品。
独りの中年男性ボーが、不思議な出来事に巻き込まれていく物語。
上映時間は179分。
あらすじ
舞台はアメリカ、神経症を患う中年男性ボーの元に、一本の悲報が届く。
それは、母親が亡くなってしまったことだった。
ボーは帰省するためにアパートを出るが、そこでは奇怪な出来事が次々と訪れることになる…。
出演役者
本作の主人公、ボーを演じるのが「ホアキン・フェニックス」
ボーの母親、モナを演じるのが「パティ・ルポーン」
ボーのセラピストを演じるのが「スティーヴン・ヘンダーソン」
配信コンテンツ
「ボーはおそれている」は今現在、Amazonプライム、U-NEXT、Hulu、等で配信されている。
ネタバレ感想と考察
ボーは何を恐れていたのか?全体を通して描かれていたことについて
謎が謎を呼び、疑問が新たな疑問を生み出す。
マトモに描き始めては卒論ほどのボリュームになるであろうこの映画についてだが、結局ボーは何を恐れていたのだろうか?
主もこの記事を書くにあたり、数々の考察ブログを読み尽くしたわけであるが、そんな考察記事すらもかなり難解であるくらいにはややこしい映画だ。
まず大前提として、この物語は現実とボーの「妄想」が入り交じる作品となっている。
そして、ストーリーの内容は至ってシンプル。
これは「ボーが実家に帰省するまでの道中の物語」なのである。
そんな里帰りが複雑怪奇なホラーコメディ映画となり、数々の伏線も張られている内容に仕上げてしまえる展開は、流石アスター監督の作品だ。
そこで映画としての表面上、そして作品では描かれない裏の心理描写の二点から考察してみよう。
精神病を患いながらも、親元を離れ一人で暮らし続ける中年男性としてのキャラクターであるボー。
些細な事でも不安を抱いてしまう彼自身の「ドタバタ活劇」としての「恐れ」が描かれる。
物語は彼の住まうアパート周辺が治安が悪いことから始まる。
そして、日常生活における心配事を、見るも無残な形で悪循環展開していく描写が多数存在している。
・アパートの階層の住人による騒音の嫌がらせ、クレーム。
・後に行われる水道工事の勧告。
・アパートに侵入した「毒蜘蛛」の示唆。
・街で起こる犯罪の数々、全裸の男による殺傷事件のニュース。
そんなわかりやすい、さながら「ファイナルデッドコースター」顔負けのフラグを乱立し、その全てを最悪の形で回収していく…。
恐れさせたい対象は本当にボーなのか…?
本当は鑑賞者たちを恐れさせたいのではないだろうか?
そんな不安を煽りながら、「コメディ」とも取れるタッチでホラー映画は描かれていく…
物語の後半でメインストリームとなる「母親との確執」。
それはボーの中に蔓延る、深層心理的「恐れ」として描写されている。
・母親の死を受けて、パニックとなる恐れ。
・ボーが帰省しない限り、葬儀が執り行われない焦りによる不安。
・母親へ反抗したことによる、贖罪の恐れ。
実に様々な角度からの「恐れ」が描かれている
また、本作品のすべてに影響している重要なアイテムとして「水」というものがある。
映画の始まり、「出産」のシーンで悪を開けるが、これは「羊水」としての演出で、最後はそんな「羊水」に溺れていく…。
序盤の「水を欲するシーン」はもちろん、「羊水に戻りたい」ボーの心理描写として描かれている。
さらに、ボーの本名は「ボー・ワッサーマン」であるが、ワッサーマン(Wasserman)は、ドイツ民間伝承に伝わる水の精霊であるのだ…。
ボーの一生を描く物語の結末は?
この作品は、3時間で描かれる「ボーの一生」がテーマとなり、映画の始まりは母親からの「出産」、そして最後は「贖罪の死」で締めくくられている。
この中に「ボーの妄想」が組み込まれるシステムとなっているわけだが、リアルで起こっていた現実を洗い出してみよう。
全ては母親による「ボーを帰省させるため」のドッキリ。
遺体はメイドのマーサであり、ボーを思いのままに操りたい母親のエゴでこの物語は構成されている。
その証拠に、冒頭からボーを世話しているセラピストも仕掛け人としてラストに登場する。
これもボーを愛する母親により、刷り込まれた呪縛。
ボーは、かつて恋仲であったエレインと性交するが、死亡したのはエレインだった。
ちなみに、エレインの死亡に関してはボーによるものなのか?母親によるものなのかは謎のままとなる…。
男性器のバケモノとして作中最恐のホラーシーン?として描かれていたが、これは「ボーの妄想」とは考え難い。
幼少期に「屋根裏に上ってはいけない」と再三警告されていたことやジーヴスが殺されていることから、現実であると考えていいだろう。
ボーの妄想と元ネタ、伏線の数々…!!
ボー自身の妄想も、アスター監督の手腕が冴えわたるパラレルな造りとなっていたが、中でも目を惹くのが「森の劇団」のシーンだろう。
映画の中に特殊なアニメーション描写が駆使され長時間演出されるシーンだが、元ネタとなるのが日本でも話題を呼んだストップモーション・アニメ映画「オオカミの家」である。
上記作品のスタッフが本作のアニメーション描写に携わり、限りなく独特な世界観が演出されている。
また、作品テーマである「母親との確執」であるが、実はアスター監督の過去作品である「ヘレディタリー/継承」でも、「ミッドサマー」でも「家族の呪縛」がテーマとして描かれている。
切っても切れない家族の縁をホラー映画に転用してくるあたりも、他のホラー作品では描かれない不気味さを感じるのだ…。
また、そんな現実、妄想、全てのパートにおいて、様々な伏線が張り巡らされている。
それらを一挙に解説しよう。
・映画序盤の街で、「転覆しているおもちゃのボート」が写るが、これはラストシーンへのアナグラム。
・ボーのアパートはモナの会社が運営する集合住宅で、これはモナの家で見ていたポスターの内容からわかる。
・街で交通事故に遭った後の家で、監視カメラでモニタリングされていることがわかるが、これもモナの差し金によるもの
その他も数々の伏線があると思うので、気になった人は二度三度鑑賞して、探してみるといいだろう。
最も、人生で貴重な3時間を費やす勇気があるのであればの話だが…。