イントゥ・ザ・ワイルド【ネタバレありなし徹底考察】

本記事では、
前半で、映画紹介&見どころレビュー
後半で、ネタバレ解説&徹底考察を行います。

「イントゥ・ザ・ワイルド」

2007年、ショーン・ペン監督により制作されたアメリカ映画。
原作はジャーナリスト、作家、登山家であるジョン・クラカワーにより、
1996年に発表されたノンフィクション小説「荒野へ」である。
恵まれた青年が、全てを捨ててアラスカの地で体一つで過ごす物語。
上映時間は148分。

あらすじ

裕福な家に生まれ、頭もよく、恵まれた環境で育ったクリス・マッキャンドレスが主人公。

大学を優秀な成績で卒業し、両親はハーバードに進学することを望んでいたが、
幼い頃から不和を見せつけられ、金やモノばかりで人生を計ろうとする両親に嫌気が差し、
クリスは学資預金を全額寄付し、単身手ぶらでアラスカの地へ旅立つ。

身分証を捨て去り、自身をアレグザンダー・スーパートランプと名乗り、
様々な人と出会いながらクリスは旅を始める。

出演役者

主人公のクリストファー・マッキャンドレスを演じるのは、

「エミール・ハーシュ」

 

ヒロインのトレイシーを演じる「クリステン・スチュワート」

 

旅で出会う老人ロン・フランツを演じるのは「ハル・ホルブルック」

見どころ①「衝撃のノンフィクション、全ての地位を捨て去る人生」

今作の「イントゥザワイルド」、なんと衝撃のノンフィクション作品である。

実際に存在したクリス・マッキャンドレスは恵まれた環境を捨て去り、
単身アラスカに旅に出て、色々な人々と出会いながら旅を続ける。

一般人では決して理解できないような感覚を持ち合わせたクリスの人生は、
ありのままの人生を描いても十分に作品として成り立ってしまう、
壮絶な人生だった。

この映画が「ノンフィクション」であること。

今作の最大の見どころはそこに詰まっているだろう。

見どころ②「リアルすぎるアラスカでのサバイバル」

旅の最終地点、アラスカでのサバイバル生活で、
大自然の本当の恐ろしさを目の当たりにする。

「自給自足」がこれほどまでに過酷であることや、主人公の決意や考え、慢心までもが、
痛いほどに画面を通して伝わってくる。

「ヘラジカなんて打たなきゃよかった。」

そう言い放つクリスの心境は、映画を観た人にしかわからない。

配信コンテンツ

今現在、「イントゥ・ザ・ワイルド」が配信されるコンテンツは無い。
DVD等で視聴してみてほしい。

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イントゥ・ザ・ワイルドのDVDは1300円で購入できます。




※ここからネタバレあらすじ

優秀な成績で大学を卒業したクリスは不満を感じていた。

記念に家も裕福で、衣食住に困ることなく、記念に高級車をもプレゼントしてもらうクリスは、
ある日、全てを捨て去り旅に出る。

身分証も捨てたクリスは、道中で、色々な人と出会う。

ヒッチハイクでヒッピーの夫婦と出会い、穀物倉庫で働き、
川を許可書なしにボートで下ってメキシコに行く。

またまたアメリカへ戻り、ヒッピー夫妻と再会し、革職人のロン・フランツと出会う。

革の仕事を手伝いロンと交流を深めたある日、クリスはアラスカ行きを決意する。

ロンに「養子に入らないか?」と尋ねられるが、
アラスカから帰ってきてから考えることを約束する。

アラスカでの拠点は、捨てられた廃バスとなった。

本を読み、わずかな食糧で生活するが、とうとう食糧が尽きてしまう。

やっとの思いでヘラジカを一匹仕留めるが、
処理が間に合わず、虫が湧いてしまい、無駄にしてしまう。
「ヘラジカなんか打たなきゃよかった。」

彼は命を無駄にしたことを嘆き、限界を迎え、街に戻ろうとするが、
雪解け水の増水により、川を渡ることは困難となり僻地に閉じ込められてしまう。

アラスカに来てから100日が過ぎたある日、空腹に耐えきれず野草を食べるが、
毒に当たり寝込んでしまう。

廃バスで衰弱しきったクリスは、
日記に最後の言葉を書き込み、涙を流しながら絶命する。

ネタバレ徹底考察

クリスの決断の謎、全てを捨てて旅に出た真実

クリスは今までの栄光全てを捨てて、旅に出る。

一見してしまえば、「わからなくもない」と思う人も多いはずだ。
しかし、ここでクリスは「本当に全て」を捨てて旅に出る。

家や、車はおろか、身分証や、お金、
アラスカでは地図まで捨てる、という暴挙に出る。

ここが、一般人との決定的な考え方の違いが浮き彫りとなる分かれ道だろう。

「わからなくもない」と考える、アウトドア好きな人間とでは考え方の次元がまるで違うのだ。

極論を言ってしまえば、彼が求める旅とは「人間の作ったもの」に頼らずに旅をすることであり、
「靴を履く」ことや「服を着る」ことさえも彼には不満だったのではないかと考えている。

人間は、服を着ずに大自然の中で「本当の自給自足」で生きることは、
限りなく不可能に近いだろう。

そんな中、彼の許す範囲で、一生懸命に生きた先にどんな達成感が待っているのか?
答えは彼にしかわからない。

それと同時に僕は一つの教訓を得た。
人間の武器は「知恵」「集団行動」であることを忘れてはいけない。

彼は日記にこの言葉も記している。
「幸福が現実となるのはそれを誰かと分かち合った時だ。」

ノンフィクションとして観た時に、バッドエンドではない作品

世の中にあるノンフィクション映画で、ここまで生々しく描かれる作品は少ない。

ハッピーエンドか?バッドエンドか?という次元の話ではなく、
人一人の人生としてこの作品を鑑賞した時に得るものは大きいと思う。

クリスのすべてを捨てる決断、アラスカに渡る決断は、振り返ってみると、
「死」を覚悟していたと考えることが容易なのである。

そこに存在したのは「自然を舐めた人間」という描写ではなく、
原始で生きた一人の人間。

彼の生き様は色々な意味で衝撃を与えたが、一つだけ、確実に言えることがある。

彼の日記の最後に記された言葉は、
「僕の一生は幸せだった」
ということである。

ちなみに今現在、彼の拠点となったバスはGoogleMAPでも確認できる。

マップで見てみると、リアルであったことをより肌で感じれるだろう。

生き物の命を誰よりも重んじていたのはクリスだった

ぼくがこの映画で一番脳裏に残っている場面、
それはヘラジカを仕留めるシーン。

ヘラジカを仕留めて処理をするが、そこは時間との戦いだった。

みるみるうちにハエに卵を植え付けられ、肉は腐ってしまう。

彼は涙ながらに「ヘラジカなんて打たなきゃよかった」と日記に記すが、
そこには、食せなかったことに対してのショックは微塵も感じられない。

彼はただただ、「命を粗末にしてしまった」ことを嘆いていて、
彼の気持ちは自分の食欲にあらず、ヘラジカの存在意義に置かれていたのだ。

狩猟の根本にある考えを今一度呼び起こしてくれる一作となるだろう。

2020年の今現在も、クリスのような生活を送る人間が、地球のどこかにいるかもしれない。

こんな科学に染まった文明に頼りつつも、そんなことを考えながら筆を置くこととする。