本記事は、映画「よい子の殺人犯」のネタバレを含んだ、感想と考察記事です。
鑑賞したことが無い方は、注意して読み進めてください。
よい子の殺人犯
2018年、ジャン・ジンシェン監督によって製作された台湾映画。
引きこもりでオタクな青年アーナンの葛藤と周りを取り巻く人々の物語。
上映時間は80分。
あらすじ
舞台は現代の台湾、よくある貧困家庭にオタクの青年アーナン、母、祖父は貧乏ながらも仲睦まじく生活していた。
自分の大好きなアニメ「ボビッター」と共に幸せに暮らす中、チンピラの叔父がアーナンの家に蔓延ることとなる…。
出演役者
本作の主人、アーナンを演じるのが「黃河(ホアン・ハー)」
台湾では有名な若手俳優であり、数々の映画作品に出演している。
本映画の監督であるジャン監督が彼の才能に惚れ込んだことから本作へのキャスティングが決まった。
ジャン監督の前作「トレイシー」への主演がそのきっかけとなったようだ。
アーナンが恋する女性、イチゴを演じるのが「ワン・チェンリン」
アーナンの母親を演じるのが「ワン・リン」
ネタバレ感想と考察
「救いのない話」なのに後味が悪くない!?
今回、物語のプロットとして描かれたが「とある貧困家庭の一幕」であり、アーナンは貧乏ながらも仲睦まじく生活していた。
そんな貧困家庭に蔓延る、チンピラの叔父への復讐劇が本作の大きな流れだろう。
主人公アーナンは最終的に叔父とその彼女の二人を刺し殺すバッドエンドとなる映画だが、なぜだろう…。
あまりにも後味が悪くないのだ…。
物語の序盤からこの叔父の存在は、一家の「癌」として徐々に浸食していき、もちろんアーナンはこの被害を被る。
家庭内であるにも関わらず、金目の物を強奪され、暴力を振るわれ、それに対して全く抵抗ができないアーナンの「ダメ人間感」が序盤からモロに展開されていく。
そして、このアーナンのキャラクターは物語のラストまで引きずり、最後の最後で爆発する…。
そう。本作には「勧善懲悪」のシステムが組み込まれているのだ。
これまで叔父に受けた仕打ちに対してのうっぷんは、主人公のアーナンだけでなく、鑑賞者である皆さんにも同じように溜まっている。
それを代弁するかのにラストで叔父をメッタ刺しにするアーナンの姿は、気持ち悪さを超え、もはや「爽快感」さえ覚えてしまう。
結末としてはあまりにも悲壮感溢れる終わり方であるはずなのに、鑑賞者の目線では「アーナン、よくやった!」とさえ感じてしまうのが、この感覚の仕掛けとなっていた。
また、叔父の棒着武人な憎いキャラクター性と、アーナンのどこかイライラしてしまうもどかしいキャラクターもバランスよく見事にマッチしている。
台湾役者の演技力の集大成としても、本作の独特な後味の良さには大いに貢献しているだろう。
アニメ「ボビッター」は日本のあのアニメにオマージュだった!?
作中に登場するアニメ「ボビッター」は、本作の大きな要素の一つであり、テーマを伝えるツールとしても機能していた。
設定としては、ボビッターは日本で人気のアニメであり、台湾でもブームを巻き起こし、コアなファンを抱えるほどに絶大な人気を誇り、主人公アーナンもそんなファンの一人で、最終的には腕に「ボビッターのタトゥー」を入れるほどに熱狂的なファンであった。
(最も、アーナンが思いを馳せるイチゴの存在ありきの行為ではあるが…)
そんなボビッターであるが、作品の裏話として、あの「ポケットモンスター」の「ピカチュウ」をモチーフとして製作されたキャラクターであるとの説もある。
現に「ボビッター」の世界では「サトシ」のような存在も確認でき、ボビッターの頭からは電撃が炸裂する攻撃も見せているのだ…。
これを掘ってみると、映画製作当初、実際に「ピカチュウ」を使おうと、製作グループは「ポケットモンスター」の版権の取得へと動いていたが、NGが出てしまったのがコトの真相らしい。
急遽、製作されたオリジナルキャラクター「ボビッター」であるが、その作品クオリティは言うまでもないだろう…。
しかし反面で、そんな作品クオリティであることこそが本作の独特の空気感を作り上げることに成功しているとも言える。
映画内でも「ボビッター」のグッズの偽物は大いに流通し、ラストでは騙されて購入したボビッターの着ぐるみが、より悲壮感を加速させている。
そしてそんな「着ぐるみ」こそがアーナンの「狂気」へと繋がっていく…。
アーナンの「狂気」は「愛の形」でもあった!?
物語の冒頭から、ラストの「着ぐるみ殺人」のシーンがたびたびフラッシュバックされ、過去を遡る時系列で描かれるような造りとなる本作であるが、タイトルからもわかる通り、「アーナンが誰かを殺すこと」は予想できる。
「殺人犯」を物語の大きなテーマとして置くことで、アーナンの一つ一つの行動に、より一層深みが出てくる演出となっていた。
アーナンが想いを寄せる「イチゴ」はボーイフレンドが居ながらも、なぜかアーナンに接触してくる。
アーナンはどんどんとイチゴへ依存していき、「彼女の望むことならなんでもやってしまう」人間になったのが、この「狂気」の始まりとなっていた。
最初は可愛げのあったアーナンとイチゴのイタズラも、どんどんと拍車がかかりエスカレートしていくが、そんな中でもアーナンの中に「狂気」が芽生える印象的なシーンがある。
それが「バイクのシートにナイフを突き立てるシーン」だろう。
最初は躊躇していた彼であるが、ナイフを突き立てる度に「罪悪感」が麻痺していくシーンにも見えたのだ。
また、イチゴへの愛と忠誠心が次第に強くなっていく演出も、本作の大きな魅力の一つでもある。
最初は「ボビッター>>イチゴ」であったアーナンの感性も、笑顔を振りまきキスまでしてくれるイチゴに魅了され、「60万円の偽物の着ぐるみ」を購入したり、腕にボビッターのタトゥーを入れたりと、どんどん迷走していく。
アーナンの「恋の病」、そしてイチゴと共に遂行する「イタズラ」こそが、アーナンの殺人の原因としてあるのは間違いないだろう。
余談ではあるが、本作で描かれる「狂気」は日本の映画監督である「園子温」の描く作品の空気感に非常によく似ている。
中でも、この「冷たい熱帯魚」でも、一人のしがない中年男性が「狂気」を振りまく作品として有名であるので、一度鑑賞してみてほしい。
「貧困」「引きこもり」「偽物の愛」数々のテーマ。
実は本作で描かれる映画のテーマは、全てがそのまま現代の台湾の社会問題に投影されている。
台湾でもこんな「貧困家庭」が存在し、若者は「引きこもり」がちな青年も多く、インターネットやSNSでは「偽物の愛」が蔓延る世の中となっている。
本作を作ったジャン監督は、以前にもこんな「社会派ミステリー」を手掛け、その手の立ち位置で異彩を放つ監督でもある。
小さな街の片隅で起きた事件から浮かび上がる社会の闇、貧困と家族、そして愛と孤独に、台湾のもうひとつの顔を知る縮図としても、本作の在り方は捉えることができる。
今でこそ「ヲタク」を小馬鹿にするような風潮が薄くなっている日本ではあるが、まだまだそんな文化が残る台湾の実情を見せつけられる作品でもあるだろう。