本記事は、映画「永い言い訳」のネタバレを含んだ、感想と考察記事です。
鑑賞したことが無い方は、注意して読み進めてください。
「永い言い訳」
2016年、西川美和監督によって作られた作品。
突然の妻の死を体験した男の物語。
上映時間は124分。
あらすじ
舞台は東京、人気作家の衣笠は、ある日突然妻の夏子を亡くす。
そして、同じ境遇となった陽一と出会い、罪滅ぼしをしていく…。
出演役者
本作の主人公、衣笠幸夫を演じるのが「本木雅弘」
妻の夏子を演じるのが「深津絵里」
トラックドライバーの陽一を演じるのが「竹原ピストル」
配信コンテンツ
「永い言い訳」は今現在、Amazonプライム、U-NEXT、等で配信されている。
ネタバレ感想と考察
人の死をドライに感じる人間について。
例えば映画館に映画を観に行った時、どんなに感動する映画作品であっても、「涙を流せない人」は確実に存在している。
決して「悲しくない」わけではなく、冷徹な人間でもなく、そういう表現の人間なのだ。
この物語の主人公、衣笠幸夫も漏れなくそんな男性の一人であった。
彼の場合、妻が事故死していく中で、不倫の真っ最中だったことがフォーカスされるが、筆者の考えで言うとそこはどうでもいいことだ。
ただ、タイミングが悪かっただけ。
しかしながらこの主人公、恐ろしいほどに妻に対してドライであるのは事実で、それは映画が始まってから5分足らずで明らかになっていく。
髪を切ってもらっているのに、どんな会話にも妻に対しての「否定」が含まれている。
彼の育児が「罪滅ぼし」から本当の「悲しみ」に変わるまでの過程が描かれるのがこの作品なのだ。
なぜ幸夫は育児をし始めたのか?
トラックドライバーの陽一と出会ってから、幸夫は人が変わったように大宮家の「育児」を手伝い始める。
それにはいくつかの理由があると考える。
メディアの前だけで「悲しむ姿」を披露して、心底妻の死を悲しめなかった幸夫は、そんな自分に耐えきれず、「ボランティア」という形の罪滅ぼしをしたと考えることができる。
この作品におけるメインシナリオとなる内容だ。
陽一宅を訪れた時に、母の死をきっかけに頭脳明晰な真平が進学塾を諦める描写がある。
そんな「真平を塾に通わす」という大義名分があったが、実の所他にも理由はあったように見える。
真平というキャラクターも小学生ながらにどこかドライで、幸夫と似たような考えを持っている気もする。
まるで未来の才能を秘める自分を潰してしまうかのような錯覚が、幸夫の中ではあったのかもしれない。
なんにせよ、大宮家での育児は幸夫にとって大きなプラスとなり、妻の死を見つめ直すきっかけにもなっていたことは事実だ。
しかしながら、そんな浅はかな幸夫に厳しい一言があったのも小気味いい。
物語の中盤、マネージャーから放たれる「子育ては免罪符」というパワーワードは、西川監督の映画作品に留まらず、日本映画界の歴史に残る名台詞だと感じた。
実は思考は全く同じ!?正反対の人間、陽一について。
今回の物語では主人公の幸夫とは全く対称的な「陽一」というトラックドライバーの男性が登場した。
西川監督の名刺替わりともなる2006年の「ゆれる」という作品でも、全く対象的な二人を軸に描かれることから、西川監督の黄金パターンと言ってもいいだろう。
今作では、妻の死にドライな幸夫に対して、陽一は「帰ってきてほしい」と常に言い続けるほどに妻に対して一途であった。
そんな性格も考え方も真逆な2人であるが、精神状態は全く同じだったのが面白い。
それは「二人とも妻の死を受け入れれずにいる」ということだ。
幸夫は妻の死を知ってもどこか他人事のように、メディアの見栄えばかりを気にする日々、そして陽一は単純に妻に依存していた。
境遇や生き方、妻に対する愛情の重さまでもが異なっていた二人であるが、陥っている沼は同じものだったのだ。
いつしか二人は真の友達となり、お互いがお互いに支え合う仲となる。
陽一は幸夫に「夏子(祥生の妻)の知らない顔」と「家族の愛」を教えて、幸夫は陽一に人生相談と生活の補助をする。
余談ではあるが、この作品には鑑賞者が気が付かないような伏線的演出が多数織り込まれている。
例えば、映画冒頭で放つ夏子の「後片付けはお願いね?」というセリフは、片付けができない幸夫の性格を示していたり、美容師である夏子を失ってから散髪しない日々を送っているが、真平の髪もこれに呼応するように伸びていく描写があったり、灯が好きなアニメは魚が主役となる「ちゃぷちゃぷローリー」であるが、そんな彼女は皮肉にも「魚貝アレルギー」を持つキャラクターであったりする。
そんな些細な言動から、言葉にされない伏線や演出として機能する作り込みがすごいのだ。
挙句の果てには、そのアニメ「ちゃぷちゃぷローリー」は完全オリジナルの劇中アニメである。
この手間の掛け方が、非常に西川美和監督らしいと感じる一本だった。