本記事では、
前半で、映画紹介&見どころレビュー
後半で、ネタバレ解説&徹底考察を行います。
世界から猫が消えたなら
2016年、永井聡監督によって制作された作品。
原作は同名小説であり、2012年に川村元気が書き上げた。
脳腫瘍を患った青年の最後の一週間の物語。
上映時間は103分。
あらすじ
舞台は日本、しがない郵便配達員として働く、
独身男性の「僕」が主人公。
彼の趣味は猫を愛でたり映画を鑑賞したりすること。
毎日、大学時代の友達が働くレンタルビデオ屋で、
「オススメの一本」を借りては、
鑑賞するルーティーンを送っていた。
そんなある日、急な頭痛が「僕」を襲う。
頭痛の正体は「脳腫瘍」だった。
余命がわずかと聞かされ、
絶望のままに家に帰ると、
自身を「悪魔」と語る
「僕にそっくりな人間」が居た。
そして悪魔は言う。
「おまえは明日死ぬ。」そして、
「世界からひとつなにかを消すと、1日寿命が伸びる」
出演役者
今作の主人公「僕」を演じるのが、
「佐藤健」
「母」を演じる「原田美枝子」
元カノである「彼女」を演じるのが、
「宮崎あおい」
親友の「ツタヤ」を演じるのが、
「濱田岳」
見どころ「小説になぞった一人称視点、まるで本を読んでいるような映画」
原作となる小説を書き上げたのは、
「川村元気」
彼の作家としてのデビューを飾った作品の
映画化であったが、
そんな川村をリスペクトするような
小説をなぞった作品となった。
今回の物語は、全てが
主人公の一人称視点で描かれ、
「僕」や「彼女」などの呼ばれ方をし、
個人名のフルネームが一切登場しない作品となった。
今作を鑑賞してみて、
とても特殊だったことは、
やはり「主人公の死が確定していること」だった。
結末の見えたような物語の中で、
「僕」がどう変わっていくか?を見守る、
特殊な構成のように感じた。
主人公「僕」の周辺環境の変化や、
彼自身の心理描写が最大の見どころとなるだろう。
配信コンテンツ
「世界から猫が消えたなら」は今現在
Amazonプライム、NETFLIX、U-NEXT、等で配信されている。
ネタバレあらすじ
舞台は日本、しがない郵便配達員として働く、
独身男性の「僕」が主人公。
彼の趣味は猫を愛でたり映画を鑑賞したりすること。
毎日、大学時代の友達が働くレンタルビデオ屋で、
「オススメの一本」を借りては、
鑑賞するルーティーンを送っていた。
実家は時計屋を営んでいたが、
継ぐことはなく、母が亡くなった後も、
父は一人で時計屋を切り盛りしていた。
そんなある日、急な頭痛が「僕」を襲う…。
頭痛の正体は「脳腫瘍」だった。
余命がわずかと聞かされ、
絶望のままに家に帰ると、
自身を「悪魔」と語る
「僕にそっくりな人間」が居た。
そして悪魔は言う。
「おまえは明日死ぬ。」そして、
「世界からひとつなにかを消すと、1日寿命が伸びる」
動揺を隠せない「僕」だったが、
言われるがままにこれを承諾する。
「消すもの」は全て悪魔の気まぐれだった。
そして、明日は「電話」がこの世から消えることとなった。
電話が使える最後の日、
僕は元カノである「彼女」に電話をかけ、
会う約束を取り付けるのだった。
翌日、カフェで彼女との思い出話に花を咲かせる。
映画を一緒に見に行ったり、
卒業旅行にアルゼンチンに行ったり、
大学時代、二人の思い出を語る。
出会いのきっかけは「間違い電話」
そこからお互いの映画好きで意気投合し、
付き合うまでに至ったのだった。
別れ際、脳腫瘍で死ぬことを伝えると、
以外にもあっさりした反応だった。
帰りの電車、「悪魔」が現れる。
悪魔が「電話を消す」と言うと、
自分の、周りの人の、
持っている「電話」の全てがみるみる溶けていく。
そして出会いのきっかけが「電話」であった彼女とも、
彼女の中の記憶は無くなっているのだった。
次の日、悪魔は「映画を消す」と言う。
僕は毎日通うレンタルビデオ屋に行き、
親友の「ツタヤ」に、
「死ぬ前に見たい一本を貸してくれ」とお願いする。
事情を話すと、一生懸命に探してくれるのだった。
しかし、残酷にも時は訪れてしまう。
「映画」が消えると、
ツタヤとの出会いが無くなってしまっていた。
大の映画オタクであったツタヤは「文庫本オタク」になっていた。
次の日、悪魔は「時計」を無くす。
拾ってきた「レタス」や「キャベツ」という猫、
両親との旅行、母との死別、
数々の思い出から「時計」が消える。
そして次の日、悪魔は「猫」を消そうと言う。
これまでの記憶を思い返し、
「無くしてから初めて大切だと気が付く」ことを
知った僕は「猫は消さない」という。
翌日、全ての「消したもの」が戻る。
彼女に、ツタヤに、別れの挨拶を告げて、
飼い猫の「キャベツ」を抱えて、父の時計店に向かう。
ネタバレ考察
雰囲気造りが非常に上手い作品
今回の作品には、
原作となる小説があるわけだが、
映画を通して鑑賞してみて、
原作の雰囲気をなるべく壊さないように
制作された作品だと、強く感じた。
「僕」の住む撮影地や、世界観、
家の中、その全てが映画の雰囲気造りに
プラスになるように設定されているのだ。
今作のテーマである「猫」や「映画」、
そして主人公の趣味である「音楽」や「珈琲」など、
サブカル文化を彷彿させるツールが
オシャレにまとめ上げられている。
まさに「映画の製作に携わった者」すべての
「好きなモノ」を全て詰め込んだような作品で、
観ているこちらにも、作品に対する愛が伝わってくる。
特殊な物語の構成こそが本作の見どころ
「無くなって初めて大切さに気が付く」
今作の最重要テーマはまさしくこれである。
作中では、ひとつのものを無くす度に、
思い出がフラッシュバックするという
特殊な構成になっているが、
これは無くなったことによって
「僕」の記憶が書き換えられていると考えている。
もちろん「映画」や「時計」が
存在していた記憶はそのまま残っているが、
無かった世界の記憶も書き加えられている。
彼女やツタヤと出会わないルートも
辻褄が合うような記憶が加えられる。
主人公はひとつ失うたびに、
「モノ」ではなく「出会い」や
「思い出」を失うことを恐れていた。
主人公を取り巻くすべての人物に
忘れ去られることが本当の死だと考えた。
その結果、「猫」が繋ぐものの大きさを考え、
腫瘍での死を覚悟するに至ったのだと考える。
そんな大切なことに気が付かせてくれる映画であり、
作中の最後、
悪魔に対して「ありがとう」と声をかけていることも
重みが違って見えてくる。
鑑賞者の殆どは自分に当てはめて考える
今作の面白いところの
もう一つとして挙げられるのが、
「自分に当てはめて考えられる」ところだろう。
今作を鑑賞した人の殆どは、
「もし自分が○○を消されたら?」という想像を
必ずすることとなる。
そんな「想像力」を搔き立てる作品であり、
本作が二度目、三度目も楽しめる仕掛けとなっただろう。
今作を観て泣く人も多いが、
自分に当てはめてみると、
「鑑賞している時の自分」が、
より感受性豊かになる現象が起きてくる。
計算された原作の脚本と、映画の構成と演出に
本当に驚かされた作品だった。