「アリス」ネタバレ感想と考察【ダークで不気味な童謡の世界へ】

本記事は、映画「アリス」のネタバレを含んだ、感想と考察記事です。

鑑賞したことが無い方は、注意して読み進めてください。

アリス

1988年、ヤン・シュヴァンクマイエル監督、脚本の元スイス、イギリス、ドイツの三ヶ国によって制作されたチェコ映画である。

「不思議の国のアリス」監督独自の世界観で脚色、映像化した作品。

上映時間は86分。

あらすじ

この物語は「不思議の国のアリス」に基づいて進む物語となる。

少女アリスはいつも通り、部屋で遊んでいた。

アリスの部屋は自分の好きなもので溢れかえっていたが、その中の一つである「うさぎの置物」が、突如として動き出すのであった。

服を着て、ガラスを割り、抜け出したうさぎは机の引き出しの中に入っていく。

それを追いかけたアリスは、引き出しの中に入り込み、不思議の国へと落ちていくこととなる…。

出演役者

今作に登場する役者は一人のみである。

主人公の「アリス」演じるのは「クリスティーナ・コホウトヴァー」

 

 

配信コンテンツ

「アリス」は今現在、Amazonプライム、等で配信されている。

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ネタバレあらすじ

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少女アリスはいつも通り、部屋で遊んでいた。アリスの部屋は自分の好きなもので溢れかえっていたが、その中の一つである「うさぎの置物」が、突如として動き出すのであった。

服を着て、ガラスを割り、抜け出したうさぎは机の引き出しの中に入っていく。

それを追いかけたアリスは、引き出しの中に入り込み、不思議の国へと落ちていく。

引き出しの中で、食事するウサギはとても急いでいた。

食事を平らげると、一目散に走り去ってしまうウサギだった。

 

アリスは奇妙なエレベーターに乗ることになるが、その終着で、部屋に閉じ込められることとなる。

ドアが小さすぎてくぐれず、身体が小さくなるインク大きくなるクッキーを食べて試行錯誤するが、いよいよ部屋から出ることはできなかった。

ついには泣き出してしまうアリスだったが、プールのように溜まったアリスの涙によって、部屋を抜け出すことに成功する。

 

今度は大きくなったアリスだったが、ウサギとの悶着によって、仲間のトカゲを壊してしまう。

怒ったウサギとその仲間はアリスを追いかけまわすが、結局捕まってしまうアリスだった。




固い殻に覆われてしまったアリスは、小さな倉庫に連れていかれる。

殻を破り、倉庫から出たアリスは、「靴下のミミズ」の部屋にたどり着くのだった。

 

その後、「カエルの伯爵」と出会い、その後を追うと、「ブリキの老人」「操り人形のウサギ」の待つ部屋にたどり着く。

二人のやり取りを観ている間に、最初のウサギが現れる。

ウサギの跡を追い、「トランプの女王」に会いに行くと、「クリケットをできるかい?」と問いかけられるのであった。

できると答えたアリスは、女王についていく。

クリケットの後、アリスは裁判にかけられることとなるが、必死の弁明空しく、女王の「首をはねよ!」の号令が鳴り響く。

鋏を持ち、音を立てるウサギ、アリスは首を横に振り続けながら、「誰の首を?」と自問自答する。

そして、目を開けると、アリスは元の自分の部屋に戻っている。

部屋は全て元通り、全ては「夢」だったのだ。

 

ただ、ウサギのガラスケースだけは割れたまま…。

アリスは鋏を手に取り、呟く。

「いつも遅刻だわ、首をはねなきゃ。」

ネタバレ感想と考察

奇才!!ヤン・シュヴァンクマイエルの描くアリスの世界観!!

映画の中には「不思議の国のアリス」題材とした映画は無数にあるが、その中でも本作の「アリス」一際目立った存在感を放っている。

本作を製作したのは「奇才」と名高いヤン・シュヴァンクマイエル監督である。

彼の作風はいつも独特であり、アリス以外にも悪魔と契約する魔術師の物語「ファウスト」などの物語を題材とする映画作品がある。

「ファウスト」ネタバレ感想と考察【鬼才監督ヤン・シュヴァンクマイエルが描く魔術師ファウストの物語】

摩訶不思議な色々なことが起こる「不思議の国」を再現するにあたり、本作では「CG」は一切使用されていない作品となった。

本作で描かれる「不思議の国」は、主人公である役者の演技以外は、全てが「人形アニメーション」で描かれているのだ。

未だかつて観たことがない、アリスの世界観とその描き方こそが本作の見どころだろう。

「人形アニメーション」で描かれる不思議の国

本作品、公開された年代は1988年、「CG」という技術も確立されていないこの時代で、なんと全てがアナログの「人形劇」で描かれた。

少しづつ人形を動かし、コマ送りにして作り上げられた世界観、決して「手抜き」ではなく、「あえてこう撮られた」と考えてもいいだろう。

「人形であること」を利用した、中身の砂の演出や、ブリキ人形達が珈琲を飲むシーン、通常の「不思議の国のアリス」では決して描くことはできない。

この人形劇により彷彿とされる「不思議の国感」は、今までに描かれたことがない作品となった。

「アリス」シリーズの中でも指折りの「ダーク感」

現代でこの作品を鑑賞するにあたって全て人形劇で行われる以上、嫌でも付きまとうのが「違和感」であるが、本作で感じる違和感を上手く利用し、2020年現在、「ダークなアリス」としての地位を確立させつつある作品となっている。

中途半端にリアルな人形の造り、そこに加わる「不思議の国のアリス」としての世界観、これが見事にマッチし、現代では決して描くことが出来ない作品となった。

1988年の作品であるからこその脚本と手法が存分に駆使され、特殊な映画として鑑賞することができる作品だろう。そして同時に、本作で描かれる「ダーク感」は、意識して描かれた作風にも感じ取れる。




BGMが一切出てこない作風。

生身の人間と人形達によって織り成される本作では、BGMらしいBGMは一切出てこない。

無音の中、アリスの足音、そして人形達の動く音や、どこか気持ち悪さを感じてしまうような効果音が加わり、本作の雰囲気を作り上げている。

それはまるで、「気持ち悪さ」を意識して制作されたような音であり、映画における「音」の大切さを改めて認識させられるような映画となった。

可愛い女の子×不気味な描写

本作の主人公であり、本作の登場人物、唯一の生身の人間「アリス」を演じるのはクリスティーナ・コホウトヴァー

まるで妖精のような彼女の容姿に見とれる作品であると同時に、それに反比例するような不気味な描写なかなかの見応えがあるだろう。

謎のドロドロした液体を初め、人形達の表情、置物、食べ物、キャラクター達の一言一句のセリフに至るまで、どこか陰鬱さを感じるシーンが多い作品である。

そんな世界観の中、妖精は右往左往し、おてんばに、自由に、不思議の国へと迷い込んでいく。

彼女と世界観のギャップこそが、CGが多用された現代の映画の中でも、本作が埋もれない作品である要因となっているだろう。

少し不気味な「不思議の国のアリス」現代のサブカルチャーの第一線で、今こそ活躍できる作品だと感じたのだ。