「フルメタル・ジャケット」のネタバレ感想と考察【極限状態で戦うことを植え付けられる恐怖】

  • 2020年12月6日
  • 2021年9月13日
  • 映画
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本記事は、映画「フルメタル・ジャケット」のネタバレを含んだ、感想と考察記事です。

鑑賞したことが無い方は、注意して読み進めてください。

フルメタル・ジャケット

1987年、スタンリー・キューブリック監督によって制作された戦争映画。

海兵隊になるための過酷な訓練で、生き抜く男の物語。

上映時間は116分。

 

あらすじ

舞台はアメリカ、ベトナム戦争の渦中、海兵隊員になるための訓練を受ける一人の男が居た。

彼の名前は「ジョーカー」厳しい訓練を強いる鬼軍曹として名高い「ハートマン」軍曹の元で、仲間と共に訓練を日々耐え抜いていたが、とある日、落ちこぼれ訓練生の「レナード」を、ハートマン軍曹に押し付けられることとなる…。

 

出演役者

本作の中心人物、鬼教官のハートマンを演じるのが「ロナルド・リー・アーメイ

アメリカを代表するベテラン俳優でありながら、本物の元海兵隊であり生粋の軍人だった。

本映画への出演をきっかけに、戦争映画や軍曹としての役が多くなったようだ。

また、本作における彼の演技は批評家たちの激賞を受け、ゴールデングローブ賞の最優秀助演男優賞にノミネートされた。

 

本映画の主人公的立ち位置であるジョーカーを演じるのが「マシュー・モディーン

彼も本作を皮切りに数々の映画作品に出演し、アクション、SF、青春映画など、様々なジャンルに出演している。

 

ジョーカーの相方を務めるのろまな兵隊レナードを演じるのが「ヴィンセント・ドノフリオ

彼もまた、本作をきっかけとして様々な映画に出演するようになった。

本作での彼の功績は大きく、本映画の「狂気」の部分は彼の演技によるものである。

余談ではあるが、本作の撮影に向けて32kg増量して撮影に臨んだ。

 

ネタバレ感想と考察

二部構成で描かれる作品の構成

本作のメインストーリーにおいて、作中を通してベトナム戦争が描かれることとなるが、他の作品ではあまり見ない映画の構成採用されていることに鑑賞した人々は気がつくだろう。

本作は完全なる二部構成の映画である。

映画の前半パートでは、海兵隊員になるための訓練が描かれ、これといった主人公は指定されずに、各々の活躍が描かれる作風となった。(それでもジョーカーとレナードの毛色はやはり強いが。)

しかしその映画の後半パート、主人公として中心に立つ人物は「ジョーカー」だった。前半パートに出てきた仲間に会いに行くシーンや、その訓練経験が伏線となって後半に生きてくる描写は、斬新な手法で、なかなか楽しめる要素となっただろう。

しかしながら、前半パートでメインとして動いていた「レナード」は死んでしまってから、一切出てくることが無い。レナードの死の形が伝えたかったことは視覚的に見える伏線ではなかったところが面白いだろう。

 

「見えない」伏線と本作最大のテーマ。

それでは「レナードの死」は一体どんな伏線が張られていたのだろうか?

その答えこそが本作の映画の最大のテーマ「狂気」である。

数々の体罰や罵倒を含んだ過酷な訓練を受け続け、卒業間際に狂ってしまうレナード。

そして軍曹への発砲…。

周りの環境次第で、人間が徐々に狂っていく様が演出され、人間的恐怖が描かれた作品となった。

また、軍曹の指示による「レナードがミスをすると、周りの人間が罰せられる」という、傍若無人なルール。

そのルールにより、レナードに対する嫌悪感が「集団心理の恐怖」にも火をつける事となる。

通常、仲が良いはずの仲間達が、こぞってレナードに暴行を加え、優しい性格であるジョーカーでさえもレナードに暴行を加える。

極限状態での心理描写をまざまざと見せつけた描写であり、キューブリックらしさを一番感じる描写だっただろう。

そしてここまででも、まだ前半パート、後半パートにも同じような演出が施されている。




「平和ボケ」という環境が作り上げる狂気。

軍人でありながら「情報部隊」への配属となった、「ジョーカー」を主人公に描く後半パート。

ここでも別の形でジョーカーの心理が描かれることとなる。

情報部隊に配属となったジョーカーは当たり前のように人を殺したことがなく、普段はメディア関連の情報収集を仕事としていた。

しかしながら、あまりに平和すぎる空間で、まず一つ目の「狂気」が顔を覗きはじめる。

それは「刺激が欲しい」という欲求。

彼は自ら望んで現場に赴き、リアルな兵士の殺戮を「取材」することとなるが、人本来の「闘争本能」を刺激させる欲求がここでは描かれることとなるのだ。

ジョーカーと同行していたカメラマンの「ラフターマン」が、ジョーカーとの会話の際に、「戦場に赴いてみたい」という欲求を漏らしていることからも、二人の環境による心境の変化がよく反映されているのがわかるだろう。

次々と人が死んでいく「極限状態」の狂気。

無事?に戦場での取材を担当したジョーカーとラフターマン、二人はここで、二度目の心境の変化を迎える事となる。

二人が飛び込んだ戦場での狂気は、まさに「次々と人が死んでいく狂気」だろう。

次々と兵隊を殺していくアメリカ軍人達の取材をするにつれて、人を殺す「極限状態」「日常」化していく環境での心理描写がされる。

飛行機の上から、虫を殺すように女、子供を射殺する兵隊の取材をした際に、彼が「楽しんで」殺しをしている姿を取材することとなる。

彼の心理状況こそが、本作後半パートでの「極限状態」に染まった心理のテーマを代弁するような存在となっているだろう。

そしてラストシーン、ついにジョーカーは自らの手で、敵軍の少女を銃殺することとなる。

自身の手で人すら殺したことも無かったジョーカーであったが、その一人目が「少女」であったにも関わらず、やってのけてしまう心理変化には衝撃を受けてしまった。

皮肉なことに、後半パート全てを通して、主人公であるジョーカーの胸には「ピースマーク」の缶バッジ常に着用されている。

こんな演出も相まり、本作の狂気をより鮮明に引き立てている演出となっていた。

これぞキューブリック流!とにかく汚い言葉!

キューブリック作品の共通する条件として、「狂気」が描かれると共に、汚い言葉や描写が多いこともより彼らしい作風となっている。

本作「フルメタル・ジャケット」では、鬼軍曹のハートマンが、訓練兵に向かって投げかける罵倒のセリフとにかく汚く、刺激的で、キューブリックらしさを見出す一因ともなっていただろう。

日本のブログでは書くことのできないような18禁ワードが乱立され、本作の翻訳や字幕、日本語音声を担った人々は相当に大変な作業となっただろうと、今更ながらに労いの言葉をかけたい…。

また、同じキューブリック作品である「時計じかけのオレンジ」でも、刺激的な描写は展開され、アメリカでは「R指定」を超える「X指定」(16歳未満視聴禁止)という制約が課せられるほどの作品となった。

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