「ハウス・ジャック・ビルド」ネタバレ感想と考察【殺した人間で家を建てる…】

  • 2021年5月23日
  • 2023年8月24日
  • 映画
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本記事は、映画「ハウス・ジャック・ビルド」のネタバレを含んだ感想と考察記事です。

鑑賞したことが無い方は、注意して読み進めてください。

ハウス・ジャック・ビルド

2018年、怪作を生みだす監督として名高いラース・フォン・トリアー監督によって製作されたデンマークの作品。

強迫性障を患うサイコパス男の物語。

上映時間は155分。

あらすじ

舞台はアメリカ、ワシントン、独り身の男性ジャック強迫性障害を患いながらも、建築技師として働いていた。

自分の家の設計を自分の手で完成させようとしていたが、なかなか思い通りの家を建てることはできなかった。

ある日、車でいつもの山道を走っていると、高飛車なマダムの車がパンクしている現場に居合わせる。

「ジャッキ」を治すために、近くの町工場に駆け込むが、ダラダラと付き合わされるジャック。

チクリと刺さる、マダムの言葉遣いに我慢できなくなり、ジャックはとうとうマダムをジャッキで撲殺してしまう…。

出演役者

本作の主人公、ジャックを演じるのが「マット・ディロン」

アメリカの有名俳優であり、ヒューマンドラマや恋愛映画、アクション、サスペンスなど多彩なジャンルに渡って活躍する実力派俳優である。

本作品の公開当時、54歳という年齢であったが老いを感じさせない演技を見せてくれた。

 

本作のキーマンとなる存在、ウェルギを演じるのが「ブルーノ・ガンツ」

スイス出身であり、ドイツで活躍する俳優であったが、2019年の2月に亡くなっている。

1970年代から2019年まで、数々の作品に出演し、有名作は「ヒトラー~最後の12日間~」などである。

本作では、物語の終盤まで声のみの出演となっていたが、ラストにかけてはメインで活躍している。

ネタバレあらすじ

ネタバレあらすじを読む
舞台はアメリカ、ワシントン、独り身の男性ジャック強迫性障害を患いながらも、建築技師として働いていた。自分の家の設計を自分の手で完成させようとしていたが、なかなか思い通りの家を建てることはできなかった。

ある日、車でいつもの山道を走っていると、高飛車なマダムの車がパンクしている現場に居合わせる。

「ジャッキ」を治すために近くの町工場に駆け込むが、ダラダラと付き合わされるジャック。

チクリと刺さる、マダムの言葉遣いに我慢できなくなり、ジャックはとうとうマダムをジャッキで撲殺してしまう…。

遺体の処理に困ったジャックは、彼女の乗っていた車を森の奥に隠してから、過去に大量の「冷凍ピザ」を売るのに、冷凍倉庫を購入したことを思い出す。

赤いバンに彼女の遺体を詰め込むと、せっせと冷凍庫に運ぶのだった。

 

そして、そこからジャックのサイコキラーとしての一面が開花していく…。

家から離れた民家を訪れたジャックは、家に住まう女性に「年金事務局」を名乗り、「年金が倍になる」という切り口で家に入れてほしいとねだる。

最初は疑心暗鬼な彼女であったが、夫に先立たれ、少ない家系でやりくりしていた彼女は、とうとうジャックを家に入れてしまう。

その瞬間、「長い間外に立たされたこと」に異常な怒りを見せるジャック。

「完璧な犯罪」が通行人によって邪魔され、崩されてしまったことによる怒りだった。

慣れない手つきながらも女性を絞殺するジャックであるが、その間も「強迫性障害」の症状が現れ、首を絞めたり、女性に謝ったりを繰り返し死に至らせる。

絞殺した後、胸にナイフを突き立てたために部屋中に血しぶきが広がってしまうが、彼女に遺体をビニールで包むと、血の一滴も残らないほどの入念な掃除を始めるジャック。

掃除は夜まで続き、帰るころには外は真っ暗になっているのだった。

遺体をバンに乗せようとしたその時、近くでの「空き巣」の被害の調査のために、警官がジャックに職務質問を求める。

空き巣とは無関係であることを供述すると共に、女性が失踪したことも大胆に伝えるジャック。

警官が家の中を調査し始めると、バンの後ろに女性の遺体を括り付け、そのまま冷凍倉庫に運び始めるのだった。

道中、徐々に削れていく遺体から、血の跡が尾を引くようにバンの軌跡を辿る。

それは冷凍倉庫までの道のりをくっきりと表していた。

倉庫にたどり着き、血の軌跡を見て愕然とするジャックであったが、突如として降ったゲリラ豪雨によって、血は全て洗い流されるのだった。

引きずった女性の遺体を倉庫内に運び込むと、その顔面は完全に無くなってしまっていた。

ジャックは幼少期の思い出を回想する。

彼は「鬼ごっこ」になると、いつも草原の草むらに逃げ込んでいた。

その草の跡が残す轍(わだち)は鬼を招き入れ「見つけて欲しかったのかもしれない」と思うのだった。

 

彼は一人、狭い冷凍倉庫の中で考える。

そして入ったことのない、凍り付いた扉を開けとようとするが、開けることはできなかった。

その後も女性に近づき、家に招き入れては殺し冷凍倉庫に運び込む日常を送るジャック。

その行動はだんだんと大胆になっていき、彼が「強迫性障害」であるという事実を忘れさせてくれるのだった。

 

殺した人間の写真を撮る趣味を持っていたジャックはいつものように冷凍倉庫内で写真を撮るが、なかなか納得がいかない。

おもむろに彼は凍り付いた遺体を殺した現場に持ち帰り、写真を撮りなおすことを決める。

遺体を運送する途中、夜道を歩く一人の女性を見つけ、そのまま轢殺し一緒にバンに遺体を積む。

二体の遺体を部屋に並べて、自分が思い描くポーズで写真を撮ると「最高の隠し場所は『隠さないこと』」と語るジャックだった。

 

ジャックは自分自身に「ミスター洗練」という異名をつけて、写真を新聞社に送る大胆行動に出る。

いつしかバンや家の中の血痕は一切気にしなくなっていた。

ジャックは自分の殺人衝動を「街灯の影である」と語る。

街灯に近づくにつれて「後悔の影」が濃くなり、真下に来た時影が一番濃くなる。

そして今度は前に「快楽の影」が現れ、そしてどんどん薄れていく。

 

自分の思い描く「家族」について考えたジャックは、今度は母親と子供をターゲットにする。

射撃場にて子供に狩猟を教えるために遊びに来るが、ジャックは高台に上り、母親と子供たちをターゲットに「狩猟」を始める。

狩りにおいて、殺す順番として定められた順番を守りながら、子供から射殺していくジャック。

子供の遺体を並べ、震える母親と二人の子供の遺体と「ピクニック」を楽しむのだった。

母親の「狩り」も完了したジャックは、最後に「獲物」を全て並べる。

そこには大量のカラスと親子の遺体が並ぶのだった。

 

次なるターゲットを見つけたジャック、それは付き合っている女性だった。

彼女に初めて、自分が「殺人鬼」であることを明かすと、彼女は警察に駆け込むが、信じてはもらえない。

そして助けを呼ぶ叫び声をあげても、誰も助けに来ることは無かった。

電話線で彼女の体を縛り上げると、乳房を切り落とし殺害する。

最後にジャックは、見せつけるように、パトカーのワイパーに切り落とした乳房を挟み込むのだった。

 

彼は「殺し」を続ける中で、まだまだ家の建築に頭を抱え、最高の「素材」を考えながらも、殺しを楽しむ生活を送っていた。

ある日ジャック「実験」と称して、複数人の男性を生きたまま冷凍倉庫に拘束し、「フルメタルジャケット弾丸」が一発で何人の頭を打ち抜くか?を実験することにする。

弾丸を銃に込めようとするが、買った弾丸とは違う弾丸が手渡されていたことを知る。

武器屋に文句を言いに行くも「フルメタルジャケット」は渡してはもらえず、我慢できなくなったジャックは「狩猟」を教えてくれた友達の元へ向かうのだった。

友達の元でジャックは「強盗」をしたとして、警察を呼ばれるが、あまりにも陳腐な要因での逮捕に、逆上して友達の喉を掻っ切るジャック。

到着した警官も銃殺し、「フルメタルジャケット」を手に入れ、冷凍倉庫に戻るのだった。

冷凍倉庫で弾を込め、スコープを覗くも、照準が合わないことに苛立ちを覚えるジャック。

開かずの間だった倉庫の部屋を初めて開けると、そこには一人の男性が佇んでいた。

ウェルギと名乗るその男性と会話し、ジャックはやっと家の建築に必要な最高の「素材」を見つける。

それは、今までに殺した人間で家を建てることだった。

家の形に死体をワイヤーで固定し「家」を建てるジャック。

ウェルギが「可愛い家ができたな」と語るが、冷凍倉庫には警察が辿り着こうとしていた。

 

「家」の中にあった穴から地下に逃げるジャックとウェルギ、ジャックの案内人となるウェルギはジャックを「地獄」に招待する。

溶岩が流れる奈落の穴に言葉を失うジャックであったが、ウェルギは「君の目的地はここじゃない」とジャックに言い放つ。

それは「もう二階層上の地獄」だった。

奈落の地獄の対角線上には今は崩れ落ちた橋が架かっている。

ジャックが箸も向こうはどうなっているのかウェルギに問いかけると「地獄を出て上に戻る道」とウェルギは答える。

するとジャックは、壁を伝って橋を渡りきろうする道を選択する。

壁の途中まで進むも、過酷な道のりに手を放してしまうジャック、そして奈落の底に落ちていく。

ネタバレ感想と考察

ラース・フォン・トリアーの期待を裏切らない演出作品

本作の監督は、あの「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「ドッグヴィル」等で有名なトリアー監督であるが、2013年以来5年ぶりとなる作品となった。

トリアー監督の作品ともあり、本作の演出や脚本、完成度には期待が集まっていたが、想像の斜め上を行く圧倒的な作品となっていた。

その理由となるこれまでのトリアー監督になかった要素、それが「グロさ」が一つの要因となっているだろう。

前述した「ダンサー・イン・ザ・ダーク」や「ドッグヴィル」では、脚本自体は重いものとなっていたが、演出自体にグロテスクな描写は含まれていなかったが、本作ではあの「SAW」もびっくりなほどにグロテスクな描写が描かれる。

映画上映時、途中退出者が続出したという話も有名であるが、そのようなことになったのも頷けてしまうほどの描写となっていた。

顔面をジャッキで殴打したり、乳房を切り取ったり、家族を銃殺したりなどのジャックの「殺しの手法」もそうであるが、何よりも死体の描き方が抽象的、且つ詳細的に描かれているのが本作の胸糞悪さの要因だろう。

引きずられすぎて顔が無くなった死体がモロに描かれたり、殺害した子供の表情を笑顔で固定したり、極めつけは「死体で作る一軒の家」…。

常人では考えついても形にすることのできない描写がストレートに描かれていることが印象的な作品となった。

本作の核であり主人公となるジャックであるが、次項ではそんなジャックの人間性について触れていこう。

モデルはやっぱり…あの殺人鬼!?

どんな人が観ても、200%のサイコパスクソ野郎としてフルスイングであった主人公ジャックであるが、12年間で60人もの人間を殺害したシリアルキラーとしての設定となっていた。

胸糞悪さを通り越して、寧ろ清々しさすら感じてしまうほどのサイコパスぶりであったが、モデルとなっているのはやはりイギリスの有名シリアルキラー「ジャック・ザ・リッパ―」であると考えていいだろう。

イギリス、ロンドンにて娼婦をターゲットに残虐殺人を繰り返したことで有名であり、「コナン・ドイル」「シャーロック・ホームズ」でも有名であるが、モデルとして掲げられてはいても本作のジャックの「人間性」に関しては、オリジナリティ溢れる魅惑的なキャラクターとして主人公を全うしていた。

主人公ジャックの掲げられた人間性は主に三つ、「潔癖症」「強迫性障害」「完璧主義者」である。

この三つに加わる「サイコパス」というキャラクターこそが、斬新で衝撃的である主人公としての在り方だったのだ。

まず「潔癖症」であることについて。

これがわかるのは、バンの血痕を掃除したり、壁の絵の裏や、机の脚の下などを丹念に清掃している描写から汲み取れるだろう。

 

そして「強迫性障害」

警察のサイレンの音が近づいているにも拘らず壁の絵の裏や、机の脚の下などを再度確認しに向かう描写からわかる。

・強迫性障害
不合理な行為や思考を自分の意に反して反復してしまう精神障害の一種
同じ行為を繰り返してしまう「強迫行為」と、
同じ思考を繰り返してしまう「強迫観念」からなる。

ちなみに、この「強迫性障害」の女性を描いた作品として「八つ」という作品が有名であり、こちらの映画でも警察から痕跡を消すシーンのジャックと似たような行為が描かれている。

映画「八つ」のネタバレ感想と考察【強迫性障害のリアルを描く!】

そして「完璧主義者」としてのジャックの在り方。

これはそもそもの「理想の家が建てられない」ジャックの考え方であったり、「通行人に見られた」という理由で感情的になるジャックの姿が描かれるシーンでわかる。

映画前半の部分でこれらの主人公のキャラクターが活かされる描かれ方がされているが、これが一気に崩れ去り、「サイコパス」100%のキャラクターに成り下がるシーンがある。

それが「遺体を引きずり、冷凍倉庫に向かうシーン」であるが、一言でいうならば「ヤケクソ」

デビッド・ボウイの「Fame(フェイム)」の軽快なリズムに乗せて繰り広げられるこのシーンが、主人公の一つのターニングポイントであるような描かれ方がされていた。

また、本作はそんな主人公の心理描写を宗教的、そして哲学的にも捉えた大変深いテーマのある作品だった。




ウェルギって何者…?本作中に演出される数々の天の声との「会話」について

猟奇的殺人を繰り返すジャックの姿が描かれる中で、時折演出される「天の声」との会話や、特殊な映像の数々。

この「天の声」の正体がウェルギである。

物語終盤、初めてこのウェルギの姿が登場するが、その正体は「地獄への案内人」である考えが正解だろう。

物語のラストシーン、ウェルギの案内によって地獄へ招待されるのが何よりの証拠である。

そして、ジャックの数々の犯罪行為の中で、ウェルギの姿が写った写真が投影されるシーンがあるが、このシーンによって彼が「死神」の一面を持ち合わせた人物であることも明らかとなっていた。

本来地獄へ行くべき存在としてジャックは存在し、その傍らにウェルギはずっと寄り添っていたが「理想の家を建築するまでは見守る」という一つのルールのもとで殺人が描かれた脚本であることがわかる。

紐解くとなかなかに難しく壮大なテーマではあるが、物語の大きなプロットはそんな「ジャックの回想」から描かれた作品である。

壮大なテーマが隠されていた伏線

天の声であるウェルギとの対話では、ストーリーの時系列もバラバラでわかりずらく、深いテーマでの対話が繰り広げられるが、その中でも数々の壮大なテーマと伏線が演出されていた。

ここからはそんな演出と伏線について記述していく。

・「虎と羊」の演出は「狩る者」と「狩られる者」の関係性として描かれていた。
・ピアニスト「グレン・グルード」がフラッシュアップされる描写が多いが、
 これは彼自身が「変人」そして「完璧主義者」であり、
 そんなグレンとジャック「芸術家」の観点から重ね合わせたものである。
・デビッド・ボウイの「Fame(フェイム)」がしきりに流れるが、
 フェイムの歌詞はそのままジャックに宛てた歌詞である。

 そして、デビッド・ボウイは「薬物中毒」によって精神が自己分裂していったことで有名で、
 そういった観点からジャックと重なる点が多い。

 また、デビッド・ボウイのアルバムには猟奇殺人をテーマとした
 「アウトサイド」というアルバムがあることも有名。

 Fame makes a man take things over

 Fame lets him loose, hard to swallow

 Fame puts you there where things are hollow (fame)

 名声が男に見栄を張らせる

 名声が男を堕落させ 疑い深くさせる

 名声がお前を虚無に満ちた場所に導く


 また、フェイムの歌詞中に「rain check」という単語が登場するが、
 これは日本語で「雨天順延券」のことで、
 「死ぬべき運命(地獄)を先送りにする」といった意味を含んでいる。
・物語ラストの絵画チックなシーン、
 これは「ダンテの小舟」のパロディであり、
 ダンテの「神曲 第8篇」という地獄の物語を描いた絵画である。
 (地獄の池を小舟で渡ろうとするダンテの下に死者の亡霊が迫ってきている絵画)

 ダンテの「神曲」では全九層の地獄の構図が描かれているが、
 物語の最後に「二階層上」の発言があることから、
 本来ジャックが行くべき地獄は「第七層」だったことがわかる。
物語のラストでしっかりとオトしていくスタイル。

ここまで運よく警察に捕まらず、大した苦痛もないままにジャックは生き延びていくが、最後の最後ジャックは最悪の「第九層」の地獄に落ちることとなる。

そんなしっかりとした「オチ」を踏まえつつも、エンディングのシーンまでもジャックに痛烈な批判を向ける終わり方となる。

陽気なエンディングテーマに乗せて、その歌詞はひたすらに「ジャックよ。二度と戻ってくるな。」が繰り返されるというなんともブラックジョークの効いたエンディングとなった。

ここでも、これまでのトリアー監督の造り上げた世界観とは一味違う演出に感じると共に、作品全体へのインパクト力のあるエンディングとなっていた。

 

ちなみにであるが物語のラストシーンで、地獄に落ちるジャックの描写が作中の写真の「ネガ」のように「白と黒が反転」するが、これも「闇の中にある光」を演出したシーンとなっていた。

この「闇の中にある光」は作品中盤でも言及されているが、ここまで悪役を貫いたジャックに対してさえも「光」を与えるような演出はやはり「ラース・フォン・トリアーらしさ」を感じる終わり方だった。