本記事は、映画「ガール・イン・ザ・ベースメント」のネタバレを含んだ、感想と考察記事です。
鑑賞したことが無い方は、注意して読み進めてください。
ガール・イン・ザ・ベースメント
2021年、エリザベス・ローム監督によって制作された作品。
2008年にアメリカで実際に起こった拉致、監禁事件である「フリッツル事件」を元に描かれた作品。
上映時間は87分。
あらすじ
舞台はオーストラリア、18歳の誕生日を迎えようとするサラは厳格で過保護気味な父親と険悪な関係が続いていた。
夜中にボーイフレンドとパーティに繰り出そうとしても許可が貰えず、1人遠くに住む姉と父の言いなりとなる母親にも影響され、18歳になったら家を出ることを決意するのだった。
そんな誕生日を控えたある日、荷物を運びに父親と地下室へ向かうと、その部屋で監禁されてしまう…。
出演役者
本作の主人公サラを演じるのが「ステファニー・スコット」
アメリカの女優であり、歌手としての能力も持ち、有名ホラー作品である「インシディアス」シリーズにも出演している。
主人公でありながら負のオーラを纏った演技が主だったが、事件のリアルさをよく引き立てた演技をしてくれた。
無名の父親、通称「ドン」を演じるのが「ジャド・ネルソン」
御歳70近くにもなるアメリカのベテラン俳優であり、1980年代には数多くの青春映画に出演した。
厳格な父親からサイコパスな印象への見事な変化を演技してくれた。
サラの母親であるエイミー演じるのが「ジョエリー・フィッシャー」
こちらもアメリカのベテラン女優の1人で、過去に数多もの映画作品に出演している。
ホームドラマや人情作品への出演が多い。
ネタバレ感想と考察
24年間…歴史上最長の監禁事件に切り込む。
本映画の醍醐味はなんと言ってもその事件のインパクト。
1984年にオーストラリアで起こった「フリッツル事件」、この事件をモデルに描かれたのが本作の脚本である。
1984年〜2009年、実質25年間にも渡る監禁生活は当時は世界中を恐怖の底に陥れた事件となった。
それではなぜ、世の中に蔓延る監禁事件の中で、この事件だけが有名な事件となっているのだろうか?
その答えとなる要素として、本映画の事件がこれまでの監禁事件と常軌を逸する存在になり得た2つの理由がある。
まず1つ目が「24年間というとんでもなく長い監禁事件だったこと」
そして2つ目が「家庭内で起こった事件だったこと」である。
この2点から、24年間もの間、同じ屋根の下で気付かれずに過ごせていたこと自体に、まずは衝撃を受けることとなる。
拉致、監禁事件のほとんどの犯人が部外者である第三者の中、本事件だけが「犯人が父親」という、言葉も出なくなるような事件となっていた。
また、その生活が「自分の家の地下室」で行われている…。
ふた昔前ほどに「ホームレスが床下に住む」なんていうジャパニーズジョークが流行ったが、それがリアルに行われることは相当な恐怖だろう。
実際の事件との相違点はどこにあったのか?
いくら監禁事件とは言っても所詮は映画、24年間にも渡るリアルの事件を詳細的に描くことはできない。
ある程度のリメイク要素が本作には組み込まれているが、一言で言うならば「残虐性を映画フィルターで誤魔化している」という分析が正しいだろう。
そう、実際の事件は映画の比にならないほどに残酷な事件だった…。
ここからは映画と実際の事件の相違点を挙げていく。
・家庭内暴力や近親相姦をされた時期が異なっている。 映画内では言及されていない脚本であるが、サラが地下室に閉じ込められてから始まったような描写がある。 しかし実際はエリザベート(サラ)が11歳の時から行われていて、地上で生活している時から、虐待及び性的暴力が行われていた。
・子供は呼吸器疾患で死亡している...。 映画内では、呼吸器疾患を患ったのは長女のマリーであったが、実際の事件では次男と思われるミヒャエルで、彼はこの疾患により、地下室で死亡してしまっている。
・子供の数が異常に多い...。 映画内では長女のマリー、そして息子のマイケル、一家三人で地下室で暮らし、のちに生まれたトーマスは地上で過ごしているが、実際の事件では、合計7人もの子供を出産している。 二人は地下室で一緒に暮らし、一人は流産、一人は呼吸器疾患により死亡、残りの三人が地上での生活となっていた。
・実際は暴行によって地下室に監禁していた...。 映画を観ている人々は、サラの監禁の際に、「頑張ればなんとかなったのでは?」と、考える鑑賞者も多いだろう。 もちろんこれも実際では違う。 ドアを運搬を地下室まで手伝った際に、「エーテル」を染み込ませたタオルを押し付けられ、意識を失い、気が付いた時には監禁状態となっていた...。
・監禁生活数日間の地獄...。 監禁されて数日間のサラの行動、これもリアルはより悲惨なものとなっている。 実際のエリーザベトは、最初の数日は壁に体当たりし、天井を引っ掻き、痛みに呻き、助けを求めて苦悶していたことを明らかにしている。 彼女の爪は剥がれ、腕に血が垂れるまで指の皮膚で引っ掻き続けた。
・地下室を拡張していた!? 映画の作中、サラが「三人で住むには狭すぎる」との発言を残していたことが印象的ではあるが、リアルでももちろんこの悩みは付きまとっていた。 そこでヨーゼフは4人目の子供が産まれた1994年にエリーザベトと子供達のために、地下室をそれまでの35m2から55m2に拡張した。 また、テレビやラジオを部屋に導入知るきっかけとなったタイミングもここであった。
・ドアに近づくと感電死!? 映画内ではドアに体当たりする様子がまざまざと描かれているが、実際は「ドアに触ると感電死する」という洗脳がかけられていた。 逮捕後、母子を監禁するにはこの脅しだけで十分だったとヨーゼフは述べている。
・実は声を聞いている人が居た!? 人が住んでいる以上、24年間もの間、何の痕跡も残さないまま過ごすのは至難の業だろう。 実際は、地下に住む人の声を聞いた人が居たのだ。 実はフリッツル家には家の1階部分を12年間借りていた店子(部屋を借りている人)が居て、店子がこの声を日常的に聞いていた。 このことに関し、ヨーゼフはガス暖房の音だと答えたと述べている。 余談ではあるが、間借りしていた店子は述べ100人以上にも上り、事件が未解決であれば、警察は全員への事情聴衆も考えていたらしい。
・パスワード式のドアの仕掛け。 映画内で描かれる扉の形であるが、これにはパスワードロック式の頑丈な二重の鉄扉が用いられていた。 1980年代の当時には、時代が早すぎるような気がしないでもないが、実際でも遠隔キーの秘密のドアが用いられ、エリーザベトや子供達がいる部屋までは、合計8つのドアを解錠する必要があり、 そのうち2つのドアはさらに電子錠で守られていた。 技術的にも、決して脱出が容易な簡素な扉ではなかったと推測できるだろう。
・実際はその場で助けを求めていなかった!? 重病を患ったマリーであるが、ドンに連れられ、サラと共に24年ぶりに外の世界に行く。 ここまでは同じであるが、実際は院内に居た警官に助けを求めたわけではない。 実際のヨーゼフは妻に「エリーザベトが24年ぶりに帰る決意をした」と語り、あくまでも犯行については隠し通して生活しようとしていたと考えられる。 事件が明るみになったきっかけは「エリーザベトの残したノートとの矛盾」であり、これは重病を患ったケルスティンが病院に運び込まれた際、担当医師によって発見されている。
・父の仕事は一体...!? 地下の改装からドアの取り付けまで、DIYの範疇を凌駕した施工をした犯人のヨーゼフであるが、彼の仕事は一体何だったのだろうか? 映画内では職種に関しては言及されていないが、実際の事件で「ヨーゼフは毎朝9時に、表向きには彼が農家に売っていた機械の図面を描くために地下室に行っていた。」とあるように、「図面を書く仕事」をしていたと考えられる。
・実際の父は犯罪歴があった!? 映画内では厳格でありながらも、サイコパスな一面を持つ知々夫らが演じられたドンであるが、実際のヨーゼフはそうではない。 ヨーゼフは、結婚前にも数々の「強姦事件」を引き起こし、逮捕され服役した経験もあるほどだった...。
また本作品では、映画をより映像的に描くために数々の要素が入り込んでいる。
例えば、父であるドンがサラに肉体関係を迫るとき、必ず「赤いドレス」を纏わせるような描写であったり、妊娠してお腹を大きくしたサラの立ち振る舞いであったり、そして室内で過ごしすぎて青白くなった地下室の家族の姿など、見るに堪えない描写のオンパレードだった。
本作品は「作り話」という観点から見ても、異常なほどに恐ろしいサイコスリラー作品に仕上がっている。
数々の映画作品のモデルとなった「監禁事件」たち
今回の「フリッツル事件」、今回の作品もそうであるように映画としてリメイクされた監禁事件は多い。
本作は実際の事件をベースに「鑑賞しやすいように」オブラートに包んだリメイクが施された映画だったが、本作よりも有名である「ルーム」という映画作品の元ネタとなったのも、今回の事件だった。
また、世界中の「拉致、監禁事件」をモデルに描かれた映画作品は多く、2016年に公開された「ガール・インザ・ボックス」も、1953年に起こった「キャメロン・フッカー事件」というおぞましい事件を描いた作品となっていた。
こちらの監禁期間は7年間という期間であったが、被害者を完全な「奴隷」として扱い、「完全洗脳」に成功した珍しい事件を映画化したものである。
その似たタイトルからもわかる通り、映画の配給元が同じ会社なので、今回の作品に興味を持った鑑賞者は是非ともこちらの作品も鑑賞してほしい。
世界中で巻き起こる拉致、監禁事件は、データで表すとなんと「生存率2%」という恐ろしい数字が叩き出されるほどの社会的問題である。
映画として描かれた数々の事件は、「スリラー作品」としての見方もできるが、別の角度から鑑賞すれば「問題の大きさを訴えかけるドキュメント作品」としても鑑賞できるだろう。
本作、ガール・イン・ザ・ベースメントでは、映画の最後に拉致監禁被害者の支援団体の名称が出てくるのが何よりの証拠だろう。
更に、今回のフリッツル事件を題材に書かれた小説も存在していて、女流作家エマ・ドナヒューが発表した小説「部屋」という作品である。
実際の事件や映画とは違った内容となっているが、こちらも胸が痛くなる一冊だろう。