本記事は、映画「ミッドサマー」のネタバレを含んだ、感想と考察記事です。
鑑賞したことが無い方は、注意して読み進めてください。
ミッドサマー
2019年、アリ・アスター監督によって制作された作品。
アメリカ、スウェーデン合作のホラー作品で、スウェーデンで行われる夏至祭を描いた映画。
上映時間は141分。
あらすじ
舞台はアメリカ、大学生のダニーが主人公。
精神病を抱えるダニーであったが、彼氏のクリスチャンに支えられながら何とか生きていた。
そんなある日、追い打ちをかけるように両親と妹の無理心中を経験してしまう。
身も心もボロボロとなっていたダニーであったが、クリスチャンの友達である、スウェーデンからの留学生ペレの故郷のホルガ村へ皆で旅行へ出かける…。
出演役者
本映画の主人公、ダニーを演じるのが「フローレンス・ピュー」
イギリスの女優であり、MARVELシリーズの「ブラック・ウィドウ」を演じる有名女優でもある。
普段はアクション作品などへの出演が多いが、本作ではそれを感じさせない数奇な運命を辿る主人公を演じていた。
ダニーの彼氏、クリスチャンを演じるのが「ジャック・レイナー」
アメリカの俳優であり、彼もまた「トランスフォーマー」シリーズを初めとする、数々のアクション作品に出演している。
ネタバレ感想と考察
これまで描かれなかったジャンル!?明るいホラー
本映画、ホラー映画を謳うジャンルの中でも、今までに感じたこと無かった感性を突き動かされた鑑賞者は少なくはないだろう。
この謎の感情…なんなんだろう…。
脚本だけを箇条書きで読んでみれば、あの「グリーンインフェルノ」もビックリのほどのグロテスクな描写や、民族的ホラー要素が入り交じる作品なのに…。
何故か拭えない…悟りを開いたような、神聖な気持ちになってしまう。
これらの感覚の起因となる要素は実はたくさん物語の中に仕掛けてある。
まず初めに言及すべき一番の点は、本映画が「夏至祭」を舞台に描かれていた作品であったことだろう。
スウェーデンの夏至祭は世界的にも有名であり、一日の大半が「明るい」世界観で進められるのが、本作一番の特徴である。
物語において「夜」という概念が存在しないことが、本作を「ホラー映画」として観た時に不思議な感覚に陥れていた。
また、本映画のラストにも、物語をモヤモヤとさせない要因が詰まっている。
物語のラスト、ダニーはホルガ村の住民であるトービヨンと、恋人であるクリスチャンの二者択一を迫られるが、ダニーはここでなんと、クリスチャンを生贄として選ぶ。
ここまでの映画の進行の中で、だんだんと恋人クリスチャンに不満を募らせるダニーの感情をわかりやすく描写したシーンだった。
物語の結末を客観視すれば、「奇妙な宗教」にハマってしまった一人の人間の物語であるが、ダニー当人にしてみれば「幸せ」そして「救い」であることに変わりはなかった。
ラストシーンのダニーの笑顔も「真実の幸せ」を感じた笑顔であったことも、ある意味でのトゥルーエンドを感じさせてしまうのがこの感覚の原因となっていた。
気持ち悪さを爆発させる「民族的ホラー」
終始、明るい世界観で描かれた本映画ではあるが、もちろん腐ってもホラー映画、気持ち悪い感覚は確実に存在している。
「ホラー映画」というジャンルは、大きくわけて2つのジャンル、「幽霊的恐怖」と「人間的恐怖」に振り分けられるが、間違いなく本映画は後者の恐怖を描いた作品となった。
本映画の気持ち悪さは、なんと言ってもその「宗教観」に尽きる。
先進国の法治国家で生きている人々には決して理解し難い、数々の風習が展開されていく作風となっていたことがキモだ。
会話をすると「まとも」であるはずなのに、風習のこととなると殺人までもが当たり前かのような考えとなる。
この「価値観のズレ」こそが、この気持ち悪さに起因する要因となっていたのだ。
しかし、物語の中で、それについて印象深いセリフがある。
それはクリスチャンが放つとあるシーンでのセリフだ。
「偏見は捨てたい、こういう文化なんだ。老人を施設に入れる方が、彼らにはショックかも。」
このセリフに関してはぐうの音も出ない正論である。
彼は宗教のことを理解し受け入れようとし、本映画で悪名高いクリスチャンが残した、数少ない同調できるシーンとなっていた。
最も、ダニーを含めた主人公の大学生達は皆が「生贄」として連れてこられたというのがオチであり、ホルガ村の住民である生贄ウルフも、最期は燃えさかる小屋の中で絶叫する…。
本映画の「宗教観」が如何に数奇なものかがわかるだろう…。
同じく「民族的風習」を描いたホラー映画で「グリーンインフェルノ」という作品がある。
こちらも主人公は大学生で「食人族」の住まう村に入り込んでしまう物語であるが、ざっくりとしたテーマはこの作品に通じるものもある。
多すぎ…!!とんでもく張り巡らさせた伏線の数々。
本映画には、一度の鑑賞では気が付かないような大量の伏線が貼られている。
あまりにも量が多いので、簡単にではあるが、解説していこう。
・映画冒頭のタペストリー 映画の最初、綺麗なタペストリーが描写されるが、そこには物語の内容が記されている。 ・死んだダニーの家族達、そして上の死神 ・傷ついたダニーと慰めるクリスチャン、そして上のペレ ・ペレに連れてこられた仲間たち ・太陽の元、ダンスを踊る女性たち これは比較的わかりやすい伏線となっていた。
・スウェーデンの画家ヨン・パウエルの作品「女王と熊」が飾られている。 これもわかりやすい熊と女性の絵画であるが、 これはダニーとクリスチャンを暗示している。
・「みんなが自分を笑っている」というダニーの感覚は後半への伏線。 ニシンを食べられなかったダニーは同じく「笑われる」が、 敵意を持った笑いでないことに気がついていく。
・ホルガ村全体が「宗教」を抱えた村であったが、そこに訪れるクリスチャン。 「キリスト教」を匂わすネーミングはアンチテーゼであるとも考えられる。
・物語の宗教は9という数字に支配されている。 ・祝祭は90年ごとに行われる ・祝祭は9日間行われる ・生贄の数は9人 ・犠牲になる老人は72歳(9の倍数、7+2=9)
・寝床に向かう途中のタペストリーは、
クリスチャンとマヤの関係性を表したもの。
・ホルガ村に到着した時、
子供達の踊りを「愚か者の皮剥ぎ」と揶揄するが、
マークはこの「愚か者の皮剥ぎ」によって絶命する。
それ以外でも数々の絵画や演出、ルーン文字に至るまで、しっかりとこれからの物語を指し示す内容となっている。
二度目、三度目がより楽しめる作品となっていた。