「ドッグヴィル」のネタバレ感想と考察【ダンサーインザダークの監督が送る狂気の監禁物語】

本記事は、映画「ドッグヴィル」のネタバレを含んだ、感想と考察記事です。

鑑賞したことが無い方は、注意して読み進めてください。

ドッグヴィル

2003年、ラース・フォン・トリアー監督により公開されたデンマークの映画。

とある寂れた炭鉱村「ドッグヴィル」ギャングに追われ、ドッグヴィルに逃げ込んだ一人の女性の物語。

上映時間は177分。

あらすじ

村人数十人程度が住む、寂れた小さな炭鉱村「ドッグヴィル」

この村に、ギャングに追われた一人の女性が逃げ込む、彼女の名は「グレース」

決して他者を受け入れない村で臆してしまう彼女であったが、徐々に信頼を得て、村の人々と仲良くなり、住まわせてもらうことに成功するが…。

出演役者

今作の主人公である「グレース」を演じるのは、「ニコール・キッドマン」

アメリカ出身のオーストラリアの女優で、今までにも4度のアカデミー賞、16度のゴールデングローブ賞へのノミネートを果たす、実力派女優である。

主に、ヒューマンドラマや恋愛映画に出演することが多かった。

 

グレースを最初に匿う「トム・エディソン」を演じるのは「ポール・ベタニー」

ストリートパフォーマーとしても活躍したイギリスの俳優で、数々の映画に出演しながらも、舞台役者の一面も持っている。

アイアンマンをはじめとした「アベンジャーズ」シリーズでも声の出演役者として知られている。

 

その他、村人としてたくさんの役者が出演する。

ネタバレあらすじ

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今作はひとつの大きな部屋の中を町と見立てて、まるで舞台のような形式で描かれる。そして本作はプロローグ~第9章の10個のチャプター編成で始まる。

プロローグ

ドッグヴィルという町の紹介で、約15人程度のこの村の町民一人ひとりの紹介がされる。

住人達はそれぞれ小さな許容できる程度の欠点を抱えているものの、基本的には善良な人々である。

物語のきっかけである「トム」は作家志望の青年で、医者である父の後を継ぐ形で街の指導者になろうとし、定期的な会合を行う。

第1章

ある夜、トムは町はずれのベンチで銃声を聞く。

音がする方を警戒していると一人の女性が現れる。

彼女の名前は「グレース」、ギャングに追われ、この街にたどり着いた。

街を通り過ぎ、山に登ろうとするグレースを危険だとトムは制止する。

ギャングが街に近づく中、トムはグレースに廃炭鉱に隠れることを指示する。

街にたどり着いたギャングにグレースのことを尋ねられるが、トムは知らないと答える。

彼女を見たら連絡するようにと、釘を刺されギャングは去っていく。

トムは町の道徳心の向上のためにグレースを利用することを考え、知らない人を助けることが町を発展させると説くが、他の住民は渋る。

住民の反応を見てトムは、グレースが善人であることを、彼女自身にアピールさせ、他の住民に受け入れてもらうことを提案する。

グレースは2週間町に滞在し、その後の投票で住民の皆が「グレースを受け入れるかどうか」を判断することとなった。

第2章

トムの提案により、グレースは町の住人の手伝いをして、信頼を得ることになったが、住民は「手伝うことは何もない」と、口をそろえて言う。

グレースは「盲目であるジャックの話し相手」や「チャック夫婦の子供の世話」「ジンジャーの小物店の手伝い」など「必ずしも必要ではない仕事」をすることとなる。

第3章

いつの間にかグレースは、低賃金での雑用ばかりをやることになってしまうが、次第に信頼を得はじめ、友達もでき始める。

2週間後の投票では、無事に全員の票を集め、町に居させてもらうことになる。

第4章

ドッグヴィルでの幸せな日常が過ぎたが、ある日、警官がドッグヴィルに訪れ、グレースを失踪者として探しているという捜索用のポスターを持ってくる。

住民たちは「グレースを隠す」という犯罪行為を懸念し、意見が分かれ始める。

第5章

それでもグレースのいる生活を送るうちに、トムはグレースを好きになり住民たちは、日々のグレースの働きに感謝を込めて、小屋をプレゼントし、そこでグレースは住み始める。

そんなある日、またもや警官が訪れ、グレースが銀行強盗の指名手配犯であることを告げる。

捜索用のポスターは「指名手配書」に張り替えられるが、住民達はグレースを信じていた。

しかしトムは、町がグレースを匿うことのリスクを危惧し、今までより多くの仕事をこなすことで町に住まわせてもらうことを提案し、労働がエスカレートする。

最初は自発的に行っていた労働も、次第に強制力が増していき不快に思うグレースだったが、トムへの配慮のために受け入れ、労働を続ける。

第6章

過酷な労働により、グレースのミスが多くなるが、ミスに苛立つ住人たちはグレースに冷たく当たるようになり、性的な目でグレースを見る住人も現れる。

ある日、子供の世話をしていたグレースは、やんちゃな子供にどうしてもとせがまれ、お尻を叩く。

子供の母であるヴェラは子供への暴力が許せず、グレースを叱責する。

ちょうどその時、グレースの帽子が町の近くに落ちていたことを聞きつけ、警官が町に訪れる。

家の主であるチャックがグレースの元へ訪れ、「居場所を警官に言う」と恐喝され、レイプされる。

第7章

トムはグレースに町から逃げるように提案する。

ある夜、ヴェラは「子供のお尻を叩いたこと」と、「夫のチャックを誘惑したこと(実際は犯された)」に怒り、
グレースが少ない給料でやっと購入した陶器人形を割る。

7体の人形がいたが「泣くのを我慢出来たら人形を割るのをやめる」と、約束するが、2体目の人形が割られると、我慢できず泣いてしまい、結局全ての人形を割られてしまう。

グレースはドッグヴィルから逃げることを決意し、トムと運送業を営むベンの協力の元、トラックの荷台に乗り、町を出る計画を立てる。

トムがお金を用意し、ベンに運送料としてそのお金を渡し、トラックの荷台に乗って町を出るが、道中、「指名手配犯を運送すること」に関しての追加料金を要求する。

追加料金が払えないグレースに「体で払え」と要求し、レイプする。

そのまま荷台で眠りについたグレースが目を覚ますと、ドッグヴィルに戻ってきていた。

トムが作り上げたお金は、「父親から借りた」とされていたが、真実はトムが父親から盗んだものだった。

疑いの目が向けられたトムは、苦し紛れに「お金を盗んだのはグレース」と証言する。

グレースには「ぼくが拘束されたらグレースが助けられなくなるから」と言う。

その後、グレースは逃げられないように、鈴の付いた首輪を付けられる。

首輪は鉄製の大きなホイールと鎖で繋がっており、足枷ならぬ「首枷」の役割を果たしていた。

首枷を付けながらの過酷な労働の毎日と、毎晩のように男の住人がグレースの小屋を訪れ、レイプされ続ける日常が始まる。

第8章

ある日、トムの計らいにより、これまでの色々な住人から受けた仕打ちを、全住民の前で告白する。

住民は困惑しつつも、グレースを町から追い出すことを決断する。

その晩、トムはグレースに迫る。

トムのみが、この町でグレースと肉体関係を持っていない唯一の男となっていた。

グレースは拒否し、トムは怒りを覚えるも、他の男のレイプと変わらないことを悟り諦める。

集会に戻ったトムは、住民の総意でギャングに連絡を取り、グレースの小屋にカギをかけ監禁する。

第9章

ギャング達が街に到着し、トムがグレースの小屋へ案内する。

ギャングはグレースの首枷を外させ、丁重に扱う。

そのグレースの丁重な扱いを見て、住民はグレースが何者であったかを知る。

グレースはギャングのボスの娘であり、汚い仕事に手を染めるのが嫌で逃げてきていた。

グレースはボスである父親と車の中で話す。

最初はこのまま去ることを話したが、父親はそれを「傲慢な考え」と一蹴する。

グレースは車を降りて、不安げに見つめる住人たちを見渡し、再度考える。

トムは「ギャングは怖いが後悔はない。グレースを裏切ったが互いに人間の性質について多くのことを学べた」と言う。

グレースはこれを聞き、部下に住民全員を射殺し町を燃やす命令を下す。

その際、人形を破壊されたヴェラには、「子供を一人ずつ殺し、涙を堪えることができたら子供を殺すのを止める」という指示をする。

その後、町は焼き尽くされ、トム以外の全住民は殺された。

最後にトムにグレース自らが引き金を引く。

唯一の生き残りとして、犬のモーゼスがいたが見逃され、モーゼスの鳴き声が響く中、映画は終わる。

ネタバレ感想と考察

一つの空間で織り成される3時間の物語

今作の映画、一つの大きな部屋で物語は進行し、なんと言っても他の映画では描かれない舞台構成と演出の数々が特徴的な作品だろう。

物語の進行はナレーションがメインとなり、その空間を村に見立ててそれぞれが役を演じ、まるで一つの舞台を観ているかのような作品となっているのだ。

そしてこの作品のもう一つの特徴、それは上映時間が177分もあることだ。

約3時間のこの物語を9個のチャプターにわけて進行させる物語の進め方は非常に斬新であり、劇場で舞台鑑賞をしているようなその構成は今までの映画では感じたことがない手法だった。

監禁生活の心理描写と集団心理の恐怖

今作のドッグヴィル、「鬱映画」としても名高い作品で、なかなかにショッキングなシーンが多い。

この映画で描かれるのは、人間の怖さ、そして道徳観、集団心理の怖さなどであり、それらを伝えるための核となる物語の脚本は、観ている方の心にも気持ちの悪いわだかまりを残す作品となるだろう。

じわりじわりとグレースへの扱いが酷くなっていく脚本と演出は、完全なる村ぐるみの「奴隷生活」を感じさせるような作風となっていた。

アメリカ合衆国でも、実際の事件として「監禁事件」は今も尚発生していて、そんな被害者の生存率は20%ほどしかない。

本映画の場合、グレースの心までは屈服させることができなかったようだが、同じく少女の監禁生活を描いた作品「ガールインザボックス」では、監禁被害者の「完全服従」に成功した珍しい事件を題材にした作品となっている。

事実に基づいて製作されたためか、本作品よりも衝撃度は高い。

「ガール・イン・ザ・ボックス」のネタバレ感想と考察【胸糞注意の完全実話】

鑑賞者の感情を翻弄する逆転現象、「勧善懲悪」のシステム

奇才ラース・フォン・トリアー監督が描く今作、鬱映画とも名高い作品であるが、鬱と感じる要因はその感情の揺さぶりにあるだろう。

この映画の感情を揺さぶる最大の仕掛けとして、今回組まれたのが「逆転現象」である。

最初はドッグヴィルの住人たちが常識人であり、正義であるような進行が、じわりじわりと「悪」になっていくような描写は177分という長尺だからこそのスピード感で、「ゆっくり」物語を進行させることにより鑑賞者の感情を揺さぶっているような作品だった。

結果だけ見てしまえば、ギャングが小さな村の住民を皆殺しにしているシーンとなるだろう。

その虐殺シーンで「心地よい」と感じてしまった鑑賞者も少なくはなく、この3時間で鑑賞者の一般的な道徳の概念そのものを捻じ曲げてしまっていることが、今作最大の見せ場となっている。

住民が皆殺しにされているのに「勧善懲悪」の気分、言うならば「必殺仕事人」を見ているかのような感情に陥る。

人形を破壊されたヴェラに対して、子供で同じ苦痛を浴びせるシーンですらも、なんだかすっきりするような気分。

この背徳感を受け入れた時に初めて「鬱な感情」が生まれ、心が揺さぶられたことを理解する。

映画による感情操作がとてもうまくできた作品だった。




今までに映画には無かった異質なセット

今作ではひとつの大部屋を「村」に見立てて描かれる。

それはかとなく、まるでお遊戯会のようなセットだが、そうは見えなくなってくる不思議さがこの作品にはある。

壁はすべて白線のみで再現され、ドアを開けたり閉めたりする動作も全てがエアー。

まずはそんな状況下でも、しっかり演技をし、「映画」として成り立たせた役者陣に盛大な拍手を送りたい。

…と、同時に浮かび上がる疑問、なぜこんなセットにしたのか?

まさかラース・フォン・トリアーに限って、予算の関係などという理由では決してないだろうが…別の視点から考察を伸ばしてみよう。

壁や屋根がないセットで起こること、それは後ろの人が丸見え、という特徴である。

例えば、グレースがレイプされるシーン。

行為に及ぶグレースの裏では、子供が遊び、外では警官と住人が話している。

そんな、普段は見えないはずなのに、リアルな生活感を描き出すことによっての「ギャップ」を鑑賞者に訴えかけるような描写に感じたのだ。

このギャップこそが登場人物の心情を読み取るのにもわかりやすく、判断しやすい。

ドッグヴィルの住人は、グレースに対しては冷たかったが、それを除けば、普通の一般人だった。

そんなことを伝えるようなメッセージにも見えてくる。

皆さんなりの解釈で楽しんでほしい。

 

奇才ラース・フォン・トリアー監督による極限状態の現場で撮られた一本

今作の「ドッグヴィル」、本編のこの作品以外に、「ドッグヴィルの撮影現場」を密着した「ドッグヴィルの告白」という作品がある。

映画の撮影時、誰もが逃げ込み、本音を語れる部屋を一つ用意し、その部屋に入ってきた役者から撮影についての感想を得る。

鬼のように厳しい監督、そして過酷な現場に、弱音を吐く役者の姿がリアルに描かれている。

そんな姿さえも「撮影」し、映画として仕上げてしまう、ラース・フォン・トリアーの奇才ぶりが発揮されている作品である。

カメラに向かって助けを請うニコールキッドマンの姿が見られるのは数ある映画の中でもこの作品だけだろう。